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一人で歩く楽しみ
どうしようかなあ、とさんざん迷った末にウォーキング・クラブに参加することにした。
短め(7マイルくらい)のルートだし、何よりもパールは他の犬達にしばらく会ってなかったことだし、と底を尽きかけている体力&気力をかき集めるようにして家を出た。

この村から出発する時のスタート地点になるいつもの場所へ行ってみると「あれ?誰もいない」。そこには、草をはむ牛の群れがいるだけである。
たしかに5分ほど約束の時間に遅れてはいたけれど、ここはイギリス。5分の遅刻は遅刻のうちに入らないし、たいてい誰かがちょっと遅れてやって来る(車を停める場所が見つからなくてぇ~!という理由が一番多い)のは日常茶飯事である。
「もしかして誰も集まらなくて中止になったのに、メイルで連絡くれなかったのかな?」と思い、更に10分ほど待ってみることにした。




誰かがやって来る気配はまったくない。家にUターンしようかなとも思ったのだけど、せっかく早めに起きて準備してきたのだしと思い直し、ひとまずあまりきつくないルートを自分で決め歩き始めることにした。
思ったよりも暖かで、寒くもなく暑くもなく風もなく、ウォーキングには最適の条件がそろっている美しい秋の朝である。家に籠っているのはもったいない。
いつもなら周りで一斉に始まる賑やかなおしゃべりにかき消されて聞こえない鳥の声や虫の音があたりを包む。そして時々森のどこかで野生動物が動く音がして、そのたびにパールはぴんと耳を立て走り出す態勢をとる。
背後から何かが刈り取った草の上を踏むような音がしたので驚いて振り返ると、柵の向こう側を一人の女性が馬を駆って走り抜けて行くところだった。
「ハロー!」
駆け抜ける間際にニコっと笑って声をかけた。「モーニング!」と挨拶を返し、まさに風のように颯爽と広大な丘陵を横切る彼女と馬の姿に、思わず足を止めて見入ってしまった。

あ~、一人のウォーキングってやっぱりいいなあ。
昔から私は“群れる”ことが嫌いだったのだ。それがイギリス暮らしを始め、この村に住むようになりウォーキングクラブに加わったのをきっかけに、すっかりそんな事は忘れてしまっていた。
と言うか、イギリス人社会というのはある程度“長い物には巻かれろ”的なメンタリティーでなんらかのグループの中で群れていた方が、ずっと生き易い社会なのかもしれない。
ここ数年特にそういう気持ちが強くなった。

以前は、『いつでも一人で行動している私って、イギリス人社会にインテグレート(社会の中へなじむ)できないでいる典型的な“可哀想な”外国人』というコンプレックスがかなりあった。それをあえて打開しようと決心して、この村に移って以来意識的に努力を続けた。
でも、現在の自分を顧みると「はたしてこれが私の求めていたものか?」という疑問が湧いてくるのだ。
実際に“群れ”の中に入ってみると、彼女達が決して“友情”だけで繋がっているのではないというのが分かってくるし、正直なところフレンドシップなんて一切存在しないのだけど“便宜上”グループの中に入っていた方が何かと便利だし、何よりも彼女達に大切なのは『社会的なメンツを保つため』になんらかのネットワーク、社交仲間をキープしておく、と言うのが本音らしいということが見えてきたのだ。

こんな事を考えたのも、昨夜ここ数日読み返していたある本のあとがきを読んで、「あ、これってかつて私がずっと求めていた生き方だったんだよなあ」と気づかされたせいだ。
それは野田知佑氏の『北極海へ』。

自分のやる事は自分で決める。(中略)他人や他の要素に全然影響されず百パーセント自分の運命や人生の主人公であること。すべての幸福も不幸も自分のせいである。

ちなみに、この部分は彼がなぜ北極圏を彼にとっての“カヌーの舞台”として選んだのか、という理由を説いているところ。だから、決して『理想的な人生とはこうあるべき』という意図はないのだろう。(21世紀の当たり前の社会生活を営む場合、上のポリシーを貫こうと思ったら、どこか無人島でも見つけてたった一人で暮して行くくらいしかないだろうし)。
それでも、この言葉はなんだか「不本意だけど、しょうがないよな」と心のどこかで思いながら日々を送ってきた私にとっては、ピシャリと冷たい水をぶっかけられたような気持にするものだった。
野田氏は決して人嫌いでも世捨て人でもない。
ご存じの方も多いと思うが、椎名誠氏率いる“怪しい探検隊”の一員なのは有名である。けれど、彼はこうも書いている。
仲間と一緒に(川を)下るも面白いし、楽だが、単独行の時の深い味わいはない。
荒野の中で何日も人と会わずにいる時のあの透明な孤独感、ヒリヒリするような寂寥感が好きだ。

これだ。私が人生の大半を一人で旅をしたり散歩をしたり、とにかくいつでも一人で行動することを好んできた背景にあったのは、まさにこの気持ちなのだ。

ところで、今日のウォーキングにはオチがある。
ルートの途中の眺めのいい場所でお茶とバナナマフィンで一息いれ、パールに水とビスケットを与えてから、「さて、そろそろ歩き出すか」と数メートル行ったところで、林の向こうからなんだか女性の話声が。
本日のウォーキング参加者4名&リーダーのDさんがこっちに向かって歩いて来るところだった。互いに「あれ~?!」と言い合い、事情を聞いてみるとこういうことだった。
「おかしいなあ、どうして来ないんだろうとは思ったけどMさん(ウォーキングの際に連絡事項を全員にメイルする係になっている人。今はフルタイム・マザーだけど、かつてはたいそう有能なアドミンだった、というのが彼女の自慢である)が“mini_robinは日本に帰ったのかもしれない”と言うから....」
月曜に犬の散歩の途中で会ったばかりのCさんも、今週中に必ずお茶飲み話に伺いますねと約束していたDさんも、特にMさんの推測に反論することなく出発することにしたのだそうだ。
私は今まで一度も連絡なしで“ドタキャン”したことないんですけどねえ。
これって....。

やれやれ。一人で行動していれば、いちいちこの手の些細な事に心乱されることもないだろうになあ。
今から、女版野田知佑を目指すつもりはないけれど、せめて精神だけは彼の強さを少しでも身につけたいものだなあと思う秋の一日であった。


あ~くたびれた。
こんな時は....


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椅子の下にもぐりこんで眠るのが一番だ~。


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長いウォーキングの後の温かいスープとナン・ブレッド。
小確幸なり。


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Top▲ | by mini_robin | 2008-09-18 00:27 | 飼い主日記
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