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私とピアノ
昨年の秋に、日本でもツアーを行ったキャロル・キング。
名前はピンとこない人も、「You've Got a Friend」
を一度は聴いたことがあるはず。

彼女の“伝説的”アルバム『タペストリー』が、ほぼ40年の歳月を経て今月再リリースされるということで、そのPRを兼ねてか、この1~2週間イギリスのラジオ・TVで頻繁に彼女の声を聴くことができた。
そして改めて、その曲作りの才能にただただ脱帽してしまった。


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現在65歳の彼女が、グランドピアノの前に座り2人のギターリストを従えて歌う姿を見ながら、「あ~、自由に弾ける楽器があるってなんて素晴らしいのでしょう」としみじみ思った。

昔の日本のヒット曲に ♬もしもピアノがひ~けぇ~たならぁ~♬ と言うのがあったけれど、思いのすべてを歌にして捧げる相手がいなくても、例えば心の中に何か思うことがあって、それを上手く言葉に替えられない時、楽器を奏でることで自分の内面の思いを自由にできる術を持てるのって、さぞかし素晴らしいだろう。

ま、何よりも見た目がカッコイイではないですか、弾き語りって。

70年代に小学生だった私にとって、ピアノという楽器は何か特別な存在だった。
それは、何もかもが横並びで皆が平等なはずの子供たちの世界に、『ピアノが家にある&/or ピアノを習っている』というだけで、はっきりとした“格差”を見せ付けるメタファーとして存在していたと思うのだ。


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例えば習字とかそろばんを習っている子と言っても、特に“習っていない派”との間に際立った違いは見当たらない。
ところが、ピアノ派の女の子(当時、ピアノは独占的に女の子の分野だった)と言うのは「ドッヂボールは突き指するといけないからできない」とか「鍵盤にカチカチと音を立てると先生に叱られるので、爪はいつも短くしてなくちゃいけない」とか「指を一杯に広げられるように訓練しているから、親指の付け根が痛い」とか、その“特殊性”を強調するような要素を山ほど持っている。
小学生の私は「毎日体育の時間だったら、どんなに楽しかろう」と願っているような生徒だったので、成績はほどほど。唯一高得点が稼げる科目が音楽だった。
だから余計に、ピアノを習っていた何人かの友達に対して、「あの子たちができて、どうして自分にはチャンスが与えられないんだろう!?」というジェラシーを感じていたのかもしれない。

でも、あの時の悔しい体験によって、私は人生最初の意義あるレッスンを受けたと思う。

それは『世の中と言うのは、もともと不平等にできている』ということだ。


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いい感じに年を重ね、優雅にピアノを弾き語るキャロルさんを見ていたら、ふと「セカンド・ライフの目標に、楽器をひとつマスターするってのはどうだろう」と思った。
できれば、いつでも傍に置いて気が向いたらさっと手に出来て、更には一緒にどこかへ連れて行けるものがいいな。
そうなると、場所を取るピアノよりは最近なぜか夢中になっているカントリー・ミュージックに欠かせないフィドル(ヴァイオリンの一種)の方がいいかもしれない。
フィドルの音色には、どこか聴いている人間を元気付けるようなところがあるから、しんみりするピアノよりもむしろ“孤独な心”を癒すかもしれないし。



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人前で歌うことは嫌いじゃないので、ケアホーム仲間を集めて「じゃあ、ここらで一曲リクエストを」なんて“流しのおばあさん”を目指すのもカッコ良さそう....。
Dream on!! 夢は大きい方がいいぞ。

フィドルってどんな楽器?と言う方には、このリンクをどうぞ。
グラミー賞を取ったアリソン・クラウスが颯爽と弾いています。
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Top▲ | by mini_robin | 2009-04-18 20:01 | 飼い主日記
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